同級生の訃報に自らの存在を改めて認識させられました

同級生の訃報が届きました。まだ47歳という若さでしたが、孤独死との事で驚きました。学生時代は人気者で、いつも彼の周りには人が集まっていました。人の集まりの中心に彼が居たと言ってもいいぐらいです。

運動神経が良く、スポーツ万能で、空手の経験者だったから、正義感が人一倍強く、仲間の窮地には自分の事のように腹を立て、全力で解決に付き添ってくれた彼。勉強はあまり得意ではありませんでしたが、試験前になると人懐こい笑顔で「ノート貸して」と、懐に入ってくるのが上手かった彼。

興味があることにはとことん取り組んで、デニムの裾上げを自分で出来るようになりたいと、身分と偽ってデニムショップに勤め、ロックミシンの取り扱いとデニムの裾上げを覚えてきて、同級生のデニムの裾上げを快く引き受けてくれた事もありました。

自分も彼のように明るく、行動力を持ち、人から頼られる人間になりたいと何度も思いました。彼に最後に会ったのはもう20年近く前になります。新宿の居酒屋での同窓会。彼は学生時代、コップ1杯のビールで顔が真っ赤になっていたのに、「日本人は日本酒でしょ」と旨そうに熱燗を飲む姿が様になっていました。

同級生の殆どがまだ独身だったり、新婚だったというのに彼は既に結婚し、子供を儲け、そして離婚まで経験していた事に「相変わらずお前はやる事が早くて、めちゃくちゃだな」とみんなで笑いました。仕事の話を聞くと、新卒で入社したOA機器メーカーは1年と経たずに退社し、今は溶接工をやっているだと楽しそうに笑っていました。

「何で?せっかく大学出たのに?」と聞くと「世の中、学歴じゃ無いんだよね」と、珍しくバツが悪そうに言ったのを昨日のように覚えています。2次会のバーで酔っ払いながら「有名になりたくて、あれこれやってみたけど、俺はそういう人間じゃなかった」「結局、みんな名も無い大人になるしか無いんだよ」「それでもその時、そこに俺が居たって証が欲しいんだ」と言った彼。

その時は何を言いたかったのか、全く理解出来ませんでした。だけど、今なら彼の言いたかった事もよく分かります。私も50歳を手前に、頑張ってきたつもりですが、会社の出世レースからは脱落しました。社史に残るような業績も残せないでしょう。

それでも、今まで一緒に仕事をした人達が、何年か振りに再開しても昨日の事のように話しかけてくれ、自分の存在が多数の人の中にあるということを知りました。私のスマホの中に、彼の電話番号が入っています。

ですが、いずれは違う人に番号が割り当てられ、彼を特定出来るものが消え去ってしまうことでしょう。それでも、人生の中でもわずかな時間、彼と過ごした日々を、彼の言葉を、そして彼の事は私が生き続ける限り、私の記憶の中で生き続けるでしょう。