黄金山神社黄金山神社
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神社境内


 昭和32年の発掘調査により日本の初産金の地は涌谷だったことが改めて確認され、昭和34年9月、神社境内は「天平産金遺跡」として宮城県史跡に指定、昭和42年、国史跡の指定を受けました。
天平21年(749)4月、陸奥の産金に歓喜した聖武天皇は、造営中の大仏の前で感謝の詔を発布しました。この詔書を言祝いで、翌5月に大伴家持が詠んだ長歌一首と反歌三首が「陸奥国より金を出せる詔書を賀ぐ歌」です。
これが万葉集巻18におさめられており、その中の反歌の一つが歌碑に刻まれた「須売呂岐能 御代佐可延牟等 阿頭麻奈流 美知能久夜麻爾 金花佐久」です。長歌には「鶏が鳴く東の国の陸奥の小田なる山に金ありと奏し賜へれ…」という言葉も見られます。


 黄金山神社の境内には大槻文彦博士撰文の「日本黄金始出碑」があり、その傍らに昭和29年9月、山田孝雄博士の揮毫により万葉歌碑が建立されました。
万葉集には、ほかに陸奥の地をはっきり詠んだ歌が6ヵ所9首ありますが、「みちのく山」を除けば、ほかはすべて現在の福島県に属する場所で、涌谷町より北の地は万葉集には歌われておらず、ここが万葉北限の地ということになり、『万葉図録』にとりあげられてから、万葉遺蹟として全国の学者・文人方も多数訪れています。
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